「じょうるり」と「ぎだゆうぶし」

こんばんは!

前の2つの記事で、文楽ととても関係の深い場所"大阪"のお話をさせていただきました。

今日は文楽の音の部分のお話、浄瑠璃と義太夫節のお話をしようと思うのですが、ちょっとカタイ話が続いたかな?と思いますので、写真と一緒に、すこし文楽劇場について紹介してみたいと思います!

文楽劇場の最寄駅、日本橋駅。
"にほんばし"じゃないよ。

劇場に近い出口へ向かう途中にもこんな感じで文楽劇場の看板が出ていたりして、おおー、来たなあ!という気持ちになります。笑


今月はうっかり外観の写真を撮りそびれてしまったのですが、劇場の内部はこんな感じ。

文楽劇場の客席。座席数753席あるそうです。

文楽劇場の建物は2階に客席があり、こちらにはチケットを持っていないと入ることはできないのですが、1階には、チケットがなくても無料で入ることのできる文楽の展示室があります!

(こちらもうっかり写真を撮りそびれました…笑)

常設展は「文楽入門」、文楽の道具を近くで見られて、文楽ってどんなもの?ということを知ることのできるたのしい空間です。
常設展以外に、企画展もやっています!

文楽の公演期間中に行くのはもちろん、公演がない日でも、会期中であれば中に入ることができます。

道頓堀からほど近い文楽劇場、また道頓堀と深い関係のある文楽ですので、大阪観光の際にふらっと立ち寄ってみるのはいかがでしょうか??

こんなフォトスポットも!笑

私が今月足を運んだのは、7月中旬から8月上旬にかけておこなわれる、「夏休み文楽特別公演」。
「文楽親子劇場」といって、子供も大人も楽しめる演目の上演もあり、劇場にはちびっ子たちの姿も。


今年の夏休み公演は特別な仕掛けのある人形がたくさん登場、ちびっ子たちはお人形の仕組みに興味津々で、「やりたい〜やりたい〜!」の嵐でした 笑

はたしてどんな特別な仕掛けなのか、これは人形のお話をさせていただくときにご紹介しますので、楽しみにしていてください!笑


さて今日の本題(?)は浄瑠璃と義太夫節です。

今回はさくっとお話しして、後ほどもう少し詳しくお話しできればと思います。

文楽=人形浄瑠璃

というお話をこれまで何度かしてきたと思うのですが、「文楽」「人形浄瑠璃」の2つの言葉をなんとなーく使い分けていたことに、皆さまはお気付きでしょうか?

前後を逆にして、

人形浄瑠璃=文楽

にすると、実は全然意味が違ってきてしまいます。

というのも、「人形浄瑠璃」という言葉、これは日本の演劇の1つのジャンルをさす言葉だからです。

文楽=人形浄瑠璃のひとつ

であって、文楽以外にも「人形浄瑠璃」と呼ばれるお芝居がいくつかあるんですよ。

「人形浄瑠璃」という言葉の中にある「浄瑠璃」という言葉、これは、日本の伝統的な音楽の中で、「語って聴かせる音楽」のこと。

人形によるお芝居 × 語って聴かせる音楽

=人形浄瑠璃

というわけです。

「浄瑠璃」という名前は、源義経と美しい姫君  浄瑠璃姫の悲恋の物語「浄瑠璃姫物語」に由来します。
物語の詳しいお話についてはすこしマニアックになってしまうので割愛しますが、気になる方はこんなサイトもあるのでよろしければご覧ください。

「浄瑠璃」みなもとの地・岡崎 ~ 浄瑠璃姫伝説

「浄瑠璃」みなもとの地・岡崎 ~ 浄瑠璃姫伝説   この岡崎の地で、あの牛若丸(源義経)と浄瑠璃姫が出合い、お互いに恋い焦がれ、惹かれあうものの、揺れ動く時代の中で、別れ別れの運命のすえ悲恋の結末となる「浄瑠璃姫物語」。この物語は、その悲恋があったとされる時代から三百年を経て京の地で広まり、その独特な節回しは、日本の代表的な伝統芸能の一つで、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている「浄瑠璃」へと発展していきました。岡崎には、浄瑠璃姫にまつわるお寺や史跡、義経が関わったことをうかがわせる地名や仏像などが点在する一方で、八百年の間に何度も大きく変化した岡崎の歴史の中で、物語の真相は分からなくなってしまいました。これまで長い間、著名な研究者から郷土史家、地元の旦那衆までが様々に説を繰り広げてきましたが、決定的な結論は出ていません。もはや、この歴史ミステリーを紐解くことは、岡崎の人々の間で引き継がれてきた“文化”の一つと言っても過言ではありません。今回のDiscover Okazakiは、浄瑠璃姫物語とそれにまつわる史跡とともに、何故これが、時空を超えて物語と現実とが入り交じる壮大な歴史ミステリーとして多くの人を魅了してきたかをご紹介したいと思います。 ●浄瑠璃姫物語 浄瑠璃姫物語には、いくつかの種類がありますが、最も広く知られるのが「浄瑠璃十二段草子」です。姫の出生の秘密から、牛若丸(義経)と出会って別れるまでが物語となっています。そのストーリは、惹かれ合う男と女の心の細やかな描写と、平安後期の優雅な貴族の暮らしとを見事に描いた傑作です。  “時は平安時代の終わりごろ、物語の主な舞台は岡崎の矢作(やはぎ)の宿です。ここに住んでいた三河の国の国司であった兼高長者の夫婦が、鳳来寺の薬師瑠璃光如来に願って授かった子どもが浄瑠璃姫でした。 承安4(1174)年、浄瑠璃姫が16歳の春のこと、牛若丸は身分を隠して、京都の鞍馬から奥州の藤原秀衡の元へと向う旅に出ました。その道中に、矢作の宿を訪れたのです。都を懐かしむ牛若丸の耳に、浄瑠璃姫の奏でる琴の調べが聞こえ、牛若丸は琴の音にあわせて手持ちの笛「薄墨(うすずみ)」を吹いたのでした。それがきっかけとなり、姫は牛若丸を屋敷に招き寄せ、二人は出合い、惹かれ合う仲となりました

岡崎ルネサンス


さて、こんどは「義太夫節」について。

「義太夫節」は、文楽のお芝居における"音楽"の部分です。

人形浄瑠璃である文楽の、音楽の部分、というと…?

そうです。

義太夫節=浄瑠璃のひとつ

ということです!

具体的に「義太夫節」にはどんな特徴があるの?ということについては、次回以降お話しをさせていただこうと思っています。



話は変わりますが、明日は会社帰りにこちらのイベントに参加してきます!
わたしは『仮名手本忠臣蔵』が大大大好きなのですが、忠臣蔵の魅力を解説と落語とともに楽しめるというなんともステキな企画!

せっかくなので、こちらのイベントの感想や面白かったお話など、ブログでも紹介できれば良いなあと思っています。


ちょっと長くなってしまいましたが、ここまでお読みいただいたたみなさま、どうもありがとうございました!
ぜひぜひまた遊びに来てくださいね。

では、次回の更新もお楽しみに!
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たのしい!古典芸能

20代女子、突如古典芸能にはまる。初心者の視点から分かりやすく、たのしく、やわらかく古典芸能を紹介するブログ。

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